BBS 53974


とりあえ

1:魔王オルステッド :

2010/04/17 (Sat) 09:43:24

「むぅ~……」
 ギルドホールに低い唸り声が響き渡る。
 そこにはこれから戦でもしにいくのか、いかつい鎧を着込んだ男が腕を組んで座っており、その手には剣ではなく何故か羽ペンを持ったまま目の前の原稿用紙を親の仇のように睨みつけている。
 男の名前はオルステッド。ギルド『春の木漏れ日』に所属する剣士だ。
「あぁぁ……やっぱ思い浮かばねぇよぉ……」
 オルステッドは悲痛の声を上げた。
 彼が挑戦していたのは執筆だった。
 読書が好きな彼は時折、短いながらも小説じみたものを自分のノートに書いて欲望を満たしていたのだが、いざ本格的なものを書くとなるとネタが全然思い浮かばなかったのだ。
「何で俺、あんな事言っちまったんだよ……」
 もし過去に戻れるのならあの時の言葉を訂正したい――そう思いながらオルステッドはギルドホールに備えられた掲示板に目をやる。
 そこには、彼が執筆をする羽目になった『ある言葉』が書かれた紙が貼られていた。
2:魔王オルステッド :

2010/04/17 (Sat) 09:48:04

「掲示板の活性化ぁ?」
 今から遡る事5日前、日課である露店巡りから戻ってきたオルステッドは、ギルドホールに備えられた掲示板に貼られてある紙の内容を読み上げていた。
 紙の端にはギルドマスターの押印があり、それの意味する所は1つしかなかった。
「姫っち……思い浮かばなかったのかよ……」
 オルステッドはがっくりと肩を落とし、長い溜息を吐いた。
 そんな彼の背後から不機嫌な声が上がる。
「思い浮かばなくて悪かったね~」
 振り返ると、そこには黄色いフードを被った一人の少女が立っており、その左右には魔物であるはずのサキュバスが浮いている。
「どうせ私は何も思い浮かびませんよ~だ!」
「開き直るなよ……」
 オルステッドは頬を膨らませて自分を睨みつける少女を見やる。
 少女の名前は明日香、彼が所属するギルドのマスターを務めるビーストテイマーだ。ちなみに左右のサキュバスは彼女のペットである。名前は知らない。ついでに言うと、彼は彼女の事を『姫っち』と呼んでいる。
「で、具体的な事は?」
「ん? 何か良い案でもあるの? 魔王様」
「俺をその名前で呼ばないでくれ」
 ジロリと明日香を睨みつける。
 オルステッドの名前の前には本来、『魔王』という称号じみたものが付いている。何故そんなものが付いているか問われれば、それこそ彼の前世から語らないといけないのだがそれはさておき、
「何かやっちゃいけない事とかあるのかと聞いてるんだが」
 その言葉を聞いた明日香は顎に手を当ててしばし考えた後、言った。
「無いよ」
「無いのか……よ?」
 呆れた声を出そうとした所で何かを閃いたのか、オルステッドは片手を頭に押さえ、ブツブツと何かを呟き始めた。もう片方の手はまるで何かを書いているかのようにせわしなく動いている。
「……どうしたの?」
「ん? あぁいや、ちょっとしたネタを思いついてな」
「ネタ?」
 意味が分からないと言わんばかりに明日香は首を傾げる。
 オルステッドは一旦手を止めると、恥ずかしそうに頬を指で掻きながら言った。
「趣味って訳でもないんだが……実は小説じみたものを書いててな」
「小説!? そんなの書けるんだ!!」
「下手の横好きも良い所の文章力だがな……あぁちょっと黙っててくれ。ネタが逃げ始めた」
 そう言って頭を押さえながら再び呟き始めるオルステッド。それと同時にもう片方の手もせわしなく動き始める。
 明日香はそんな彼の意外な一面に心底驚きつつも、良い案でも思い浮かんだのか口元に笑みを浮かべた。尤も、笑みは笑みでも歪んだ笑みなのだが――
「じゃあ今回の掲示板活性化は魔王様が小説を書くという事で決めちゃって良いかな?」
「あ~もうそれでいいから黙ってろ。つかどっか行け」
「は~い。じゃあ私はこれで退散するから、ゆっくり考えてね~」
 あしらわれながらも、オルステッドからの言質を取った明日香は上機嫌でギルドホールを出ていった。
「やっと行きやがったか……ったく、構想の邪魔をしやがって……え~っと、この場合の展開は……」
 悪態をついた後、構想の深みに入っていくオルステッド。
 その翌日、ギルドホールに新たに張られた紙を絶望的な目で見る彼の姿が、他のメンバーから目撃されるのだった。
3:魔王オルステッド :

2010/04/17 (Sat) 09:50:17

「俺の馬鹿……構想に耽っていたばっかりにあんな事言うなんて……」
 オルステッドは5日前の自分の言葉を悔やんだ。
 あの言葉の後にホールを出ていった明日香はすぐさま今回の掲示板活性化の立候補者を発表。それを紙に明記して掲示板に張り付けたのだった。
 以来、彼がメンバーとすれ違う際に「頑張って」とか、「しょうもないものだったら承知しない」とか、激励とか脅しとかの言葉を掛けられるようになったのだった。
 ここにきてもし、やっぱ止めるなどと言い出したら……そう思うだけでオルステッドは胃が痛くなる。
「あぁぁ……何でこんな時にネタがぁぁ……」
 絶望の声を上げるオルステッド。そしてこんな事をやる羽目になった掲示板に書かれた紙にもう一度目をやる。
 そこには先程見たのと寸分変わらずに『ある言葉』が書かれてあった。

「今回の掲示板活性化は魔王様の小説に決定! メンバーの皆、期待していましょう!!」と――

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